大判例

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大阪高等裁判所 昭和31年(ツ)32号 判決

上告人 控訴人・原告 中川徳松

訴訟代理人 久保田美英

被上告人 被控訴人・被告 杉山楢吉

訴訟代理人 加藤充

主文

原判決を破棄し、本件を大阪地方裁判所に差戻す。

理由

上告代理人の上告理由は別紙のとおりである。

よつて考えるに、被上告人が上告人より上告人所有の八尾市大字太田七八番地の一、田八畝二歩の内六畝一七歩を賃借し、農耕の用に供じてきたところ、昭和二七年五月頃被上告人は本件農地の一部に知事の許可を受けることなく、また上告人にも無断で、木造板葺平家建住宅建坪六坪を建築したので、上告人は被上告人の右の行為は小作契約に違反するものとして、本件農地の賃貸借を本訴において解除の意思表示をしたことは、原審の確定するところである。而して、原判決によれば、「農地調整法第六条は、農地の縮小荒廃を防止する為其の農地を耕作以外の目的に供しようとするときは、都道府県知事の許可を要するものとしているから、賃借人がこの許可を受けることなく、賃貸人の承諾なくして、農地を建物敷地に転用する如き行為は賃借人の信義に反する行為というべく、宥恕すべき事情が無い限り同法第九条第一項により賃貸借を解除することが出来ることは、もとよりのことである。しかしながら同条第三項は賃貸借の解除には市町村農業委員会の承認(昭和二七年一二月三一日迄は都道府県知事の許可)を受けることを要求し、同条第四項は右承認乃至許可を受けることなくして為した解除をば無効とすると規定している。」とし、本件契約解除には右の承認乃至許可がないから無効であるとし、上告人の本訴請求を排斥した。

しかしながら、農地調整法、自作農創設特別措置法(昭和二七年一〇月二一日以降は農地法)等の一連の農地改革法規にいわゆる農地とは、地目の如何にかかわらず、現に「耕作の目的に供される土地」をいうのであつて、その改廃の原因はどのようであつても、現況が耕作の目的に供されていない土地は、ここにいわゆる農地ではないのであるから、これに対しては農地調整法等の適用がないものといわなければならない。しからば、本件土地の一部には既に農業用施設でない住宅が建設せられ、農地が改廃せられて、現に宅地となつていることは原判決の確定するところであるから、少くともその部分については農地調整法の適用はない。言いかえれば、被上告人が本件農地の一部に住宅を建設することによつて、その部分については自ら農地調整法の保護を放棄したものということができる。そしてその部分の土地の賃貸借は「建物ノ所有ヲ目的トスル賃借権」でもないのであるから、借地法の適用もなく、一般民法の規定に基いて契約を解除することができるものといわねばならない。しかるに原判決は農地調整法によらなければ本件賃貸借が解除できないものとしたのは明かに同法の解釈を誤つたものであつて破棄を免れない。

しかのみならず、本件賃貸借の解除または解約についても当裁判所の見解は次のとおりである。

農地調整法第九条第一項は、その反面において、賃借人が宥恕すべき事情がないのに、小作料を滞納または無断転貸若しくは無断転用する等信義に反した行為をした場合には、賃貸借の解除又は解約することができる旨規定している。従つてかような場合には民法第五四一条第六一二条第二項第六一七条等に則つて解除又は解約することができるのであつて、これら民法の規定を除外するものではない。ただこの場合、原則として市町村農業委員会の承認(昭和二七年一二月三一日までは都道府県知事の許可とし、同年一〇月二一日からは農地法第二〇条によつて都道府県知事の許可となる。)を受くべきものとし、例外として、解約が民事調停法に依る農事調停により為された場合にはこの承認(許可)を受くることを要しないとしている(農地調整法第九条第三項)。ここでいう承認又は不承認という行政行為は解除又は解約が適法であるかどうかを判断する農業委員会の裁量であつて、しかもその裁量は自由裁量でなくして法規裁量に属する。賃借人に客観的に不信行為と認められる行為がある以上、農業委員会は当然解除又は解約を適法として承認すべきであつて、これを承認しないことは違法である。しかも解約が適法であるかどうかは原則として農業委員会の裁量によるが、農事調停の場合は例外としてこれを調停裁判所の裁量に任している。この場合調停裁判所は直接に解約の適法不適法を判断するので、農業委員会に代つて承認するのではないから、行政権の干犯とはならない。このようなことは裁判の場合にも調停の場合に準じて考えられる。判例では自作農創設特別措置法第五条第五号に該当する農地について、農業委員会の承認又は指定がなくても、当然これを買収の目的から除外すべきであり、かような農地について右の指定を行はないで樹立した買収計画及びこれに基いてなされた買収処分は違法であると判断されている(最高裁判所昭和二八年一二月二五日第二小法廷判決、民事判例集七巻一三号一六六九頁参照)。あたかも本件の場合をこれと同じように考えられないことはない。すなわち法の優位という見地から考えても、判例では、この場合、行政庁の判断がなくても、裁判所の判断に任しているのである。また、原判決によれば「農地調停により解約がなされるときは、農業委員会の承認乃至知事の許可を要しない旨定めているが、民事調停法は小作官又は小作主事が期日に出席し又は期日外で意見を述べることができ、調停にあたつては必ず小作主事又は小作官の意見を聴くことを要する旨規定され、調停で小作地返還が定められた場合はこれらの機関が農業委員会等に代つて解約の相当であるか否かを審査することになるから、例外的に規定されたまでであつて、右法条を以て裁判上解除権の行使にも亦承認乃至許可が必要でないと解する根拠とすることはできない。」としているが、訴訟上においても裁判所はこれらの機関に必要なる調査を嘱託することができるから(民事訴訟法第二六二条)、むしろ調停の場合と同じであつて、これと別異に解する根拠がない。これに反して、訴訟上解除又は解約する場合でも農業委員会の承認を要するものとすれば、この承認の申請に対して農業委員会がいつまでも承認せない場合にはいかにすべきか。この場合、農業委員会を相手として承認を求める訴訟は行政庁に対して積極的に行政行為をなすべきことを求める訴であるから許されない。而して不承認の場合には、農地調整法第一五条により訴願するか、または抗告訴訟をもつてその行政処分の不当を争う外はなく、その結果不承認という行政処分が取消されても、さらに積極的に承認がない以上解除または解約の効力が発生せず、従つて不信行為のあつた賃借人に対していつまでも土地の明渡を訴求することができない結果となる。いずれの場合でも裁判上、結局解除または解約の適法不適法を判断するものは農業委員会ではなくして裁判所であることから考えても、調停の場合と同じく訴訟上解除または解約する場合には農業委員会の承認を要しないものと解するのが相当である。

要するに訴訟外の場合は一般に原則として解除または解約には必ず農業委員会の承認(知事の許可)を要するが、調停又は訴訟上においては例外としてこれを要しないものと解するを相当とする。

しからば、上告論旨は結局理由があることとなり、原判決は法律の解釈を誤つたものであり、全部破棄を免れない。

よつて民事訴訟法第四〇七条第一項に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 田中正雄 判事 神戸敬太郎 判事 松本昌三)

代理人久保田美英の上告理由

第一点原審の認定した事実関係よりすれば上告人の主張する本件農地賃貸借契約の解除の意思表示は民法第五百四十一条に照し有効であるから原審は須らく控訴人の請求を認容すべき筋合である。然るに農地調整法第九条の法意を云為し農地の賃貸借契約に関しては民法第五百四十一条の適用なしと論断し控訴人の控訴を棄却したのは右第九条第四項の法意を誤解し本件に同項を不法に適用した法令の違背あるものである。

原審は農地調整法第九条の法意を恃度し同条は農地の賃貸借に関しては民法第五百四十一条に依り之を許さぬ律意であるものの如く判示す。然し之れは右第九条立法の沿革を精査考察しない法理探究の不足より主じたる謬論である。

昭和十三年法律第六七号農地調整法は其の第一条に表白する通り農地関係の調整を目的とするものである。同法第九条第三項には「賃貸借ノ解約ヲ為シ又ハ更新ヲ拒マントスルトキハ予メ市町村農地委員会ニ通知スヘシ」と規定した。此法律は終戦直後農地改革の企図定まると同時二〇年法律第六四号第七条ノ二を以て「第九条第三項中予メ其ノ旨ヲ市町村農地委員会ニ通知スヘシ」を「市町村農地委員会ノ承認ヲ受クヘシニ改ム」と規定した(茲に注意すべきは未だ解除に付き承認を要求せぬ無承認行為を無効としない点である)。

然るに自作農創設特別措置法制定に伴ひ昭和二十一年法律第四十二号を以て更に同法に大改正を行ひ其第六条第五項に左の規定を為した「第九条第一項及第三項中「解約」の上に「解除若ハ」を、同項の次に左の一項を加える。

「前項ノ承認ヲ受ケズシテ為シタル行為ハ其ノ効力生セス」

(注)、同改正法附則三項この法律施行勅令の定める時期までは第九条第三項の規定中「市町村農地委員会ノ承認」とあるのは「地方長官の許可」と同条第四項の改正規定中「承認」とあるのは「許可」と読み替えるものとする。

叙上の立法の推移より之を観れば農地調整法上の解除解約更新に関する承認なるものは契約当事者の意思表示に付いての事前の行政取締に属するものにして予め承認を受けずして此等意思表示を為したる場合には其の意思表示に私法上の効力を附与しないとする法意であつて当該行政庁の承認なるものは申請者即承認を求むる契約当事者の行はんとする解除解約更新拒絶と云う民法上の法律効果的意思表示の民法上の効力の審判を指称するものでなくて形式的に申請者の申請を許容するものに過ぎず畢竟行政庁の不知の間に農地の解除解約更新拒絶が濫用され農地賃貸借関係に紛争の種を萌き農村社会生活に争訟の濫起せんことを妨止せんことを目的とするもの約言すれば承認と云う統制的行政行為により警察的取締を強うせん為め「承認ヲ受ケスシテ為シタル行為ハ其ノ効力ヲ生セス」との制裁規定を設けたるものである。蓋し承認を受けないで此等民法上の意思表示を行うも法令違反の不法行為を構成する筋合のものでなくて此の行為に私法上の意思表示たる効力を附与せぬと云うに止まる。反言すれば民法法理上無効な解除等の意思表示でも所謂承認と云う形式条件が具備するならば民法法理上無効な解除の意思表示でも適法有効のものと看做さるると云う如き性質のものでないことが明である。

原判決の判示によれば承認は認可なる行政処分である解除なる法律行為の有効条件である故に不承認不許可処分については抗告訴訟が出来ると論断するも同法第九条の承認が如上行政処分の性質を有し承認に対し抗告訴訟が提起し得ることは如何なる他の法令より之を推知し得るや農地調整法及び関係法令によるもかかる争訟を許容する法規存在しない。判示の如くんば承認に対しては申請人の相手方即賃借人に於ても自己の権利を侵害せらるる場合には抗告訴訟が許容さるべき筋合である。他方承認が解除の有効条件であるとの判示は承認さへあれば当該解除行為が民法法理上無効と裁判さるべき如き場合でも承認と云う外形事実の存在する一事により其解除は民法法理の如何に拘わらず有効のものと論断するものである。承認に此の如き私法的効果を附与されたことは農地調整法其他如何なる成法によるも其法源を説明し得ざるべし。原審は控訴人の所論を以て右第九条の解釈を誤つたものであると判示するも上告人は反対に原審自らが其解釈を誤つて御座るとの一語を以て反駁する。

第二点農地賃貸借契約解除については農地調整法第九条第三項により其の効力を決すべし。民法第五百四十一条により解除することが許されないこと明なりとの判示は其の理由不備である。此判示は右両法条を以て排他的のものと解する廉により法令の違背あるものである。

原審は右第九条の承認なる行政行為を目して解除承認申請と云う行政法上の申請事件に対する審判である裁判の性質を有するものと解せんとするものの如し若し然りとせば其の非理不当なること苟も行政処分の法理一斑を弁へる者にとりても洵に明白な所である。次に此承認を以て解除の有効条件であるとか況んや農地の賃貸借解除には民法第五百四十一条の適用がないと云う判示に至りては如何なる法理に基いて如上立論が為さるるか判文上の説示甚だ不明である。上告人は断言す右判示は右第九条の承認を以て解除申請と云う公法上の申請を擬制し承認なる行政行為に依り当該申請に係る解除につき其の民法上の審判を為すものなりとの法理上到底許すべからざる錯覚に出てたるものと論断して憚らない。要之原判決には冒頭表示の理由不備と法令の違背とがある。

第三点農地調整法第九条が民事訴訟に依る農地賃貸借の解除を排除し承認申請を経ずして訴状により解除の意思を表示すること自体は民法上無効であることとの意義を包含するものとするならば右第九条第三項の解除の承認は憲法違反の法律である。

原審は此法律を適用して控訴人の訴状による解除の意思表示は民法法理上有効であると否とを問はず此表示自体が無効であるかの如く判示する。然れども仮りに同条の承認が行政法上の審判であるとするも日本国憲法第七十六条第二項により此審判は終審たる性質を有しない。且又農地調整法上右承認に対し原審の云う如き抗告訴訟(行政事件特例法に依る訴訟か民事訴訟法による訴訟かを判示せぬ)を許さるる旨の規定もない。他方此承認について之を我行政法理上一種の行政処分であると認むるに足る法的根拠も無いから訴願法上の訴願の途も許されない。然れば此承認につき不承認不許可の場合に抗告訴訟を以て承認を得れば解除が出来ると云う原判示は法令に其論拠を有しない妄断である。

仮りに右第九条が民事訴訟上の契約解除の意思表示自体を許容せず原告が主張する解除が民法法理上有効か否かを審判する迄もなく単に右第九条の承認を得て居らない解除の意思表示であるとの一事により即ち原審の所謂民法第五百四十一条に依拠する訴状上の意思表示であると云う廉で此意思表示は無効であるとし此解除の意思表示を請求原因の前提とする請求自体を理由なし之を棄却すと云うことは畢竟右承認を以て農地賃貸借契約解除の効力に関する審判であるとし此審判を以て解除の意思表示を為すことが許容されない限り即此審判手続に依らずして直ちに民事訴訟手続上解除の意思を表示することは右第九条の許容せぬ所であるならば右第九条は解除に関しては日本国憲法第七十六条に違反する無効の法律である。

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